小説の茨城  茨城をテーマまたは舞台にした小説集です。小説
 の舞台は、霊峰筑波、徳川光圀公の本拠であった
 水戸、東国の武神を祭った大社を持つ鹿嶋など。
カンパズレ −1ー  汀 安衛
 
 
 1 晦篭もり        
 タカボリを背に茅屋根の低い納屋が、佇む。
砂丘「タカボリ」には磯なれ松が地を這う、その姿は北風の強い浜、漁村であることを物語る。

 「松−、松はもう少しこっちだ―」
長屋門の前で門松を立てる松吉に冗談をまぜながら、玄蕃が指図をしている。
 「そのままで縛れ−。そのままで−−」
門松の曲がりを気にし、下男の松吉が縄で杭に縛り始めた。
 「旦那さま、こんなものでどうですべ−」
 「うー そんなもんだろ−」

 寛政十年の暮れも押し詰まり、あさっては『正月』である。村中が慌ただしい年の瀬を迎へ、
一夜飾りを避けて正月の松飾りである。
 常州の鹿島浦に面する漁村、角折村名主玄蕃と下男の松吉が門松、注連縄、白砂、お札の飾り
つけをしている。そして、氏神様、床の間、土間、納屋に始まる内飾り、村の産土の差配など名
主として気せわしい日々が続いていた。

 庭では、船頭衆、おかみさん達のペッタン、ペッタンと正月のお供餅を突く音がせわしげに響
いてくる。妻の千代のタスキ掛け姿も勇ましく、下女のタケに指図をしながら大掃除の最中であ
る。
 時々、餅つきの手伝いのかみさんたちが顔をだし、指示を仰ぐ。家の中では妻が絶対の権力者
である。杵を持つ海のあらくれの男衆も陸に上がれば一目置く。

 鹿島浦の荒海を相手に生きる男衆は、家は女衆に任せ切りである。それがまた、男衆、漁師の
゛いなせ≠ナあり習わしに近い。
 あわだだしくせわしい日も暮れ、霜水寺の鐘が七つ時を告げる。大晦日も暮れた。
  「今年も、あと少しになったか−」
ぬれ縁で手を伸ばす玄蕃の顔には、1年間村方が無事に大晦日を迎られる『安堵』が漂う。新年
の準備をたしかめながらしている内に短い冬の日は峯山に隠れ、すでに薄暗くなっていた。

 一段落した正月の準備、次第に暗さを増してきた大晦日の暮七つ半
 青塚村名主、茂兵衛
 荒井村名主、重兵衛
 津賀村名主、藤右エ門の三人が連れ立って
 「今晩は」と、
声を揃えて入ってきた。
「皆様、お揃いで、今年もご苦労様です」
 「どうぞ、上に−、中でお茶でもどうぞ」
と、千代が手招きしながら板間に招き入れて座布団を並べた。
 「それじゃ−お言葉に甘えて」
年かさの茂兵衛が、上がり框に腰掛けて草履を抜きはじめ、重兵衛、
藤右エ門も習い紐を解き始めた。
 「おタケ− みなさんにすすぎを出して」
千代が下働きのタケを呼ぶ。

 「皆様、ご苦労様です。どうぞ上に」
玄蕃が奥から出てきて挨拶をした。割元名主ではあるが、三人は親の代からの名主で、親子に近
い程の年の差がある。座敷に上がり年上の茂兵衛が、いずまいを正しながら
 「早いものですな−。今年も何とか、無事に終りそうですな−」
名主の本音が言葉になった。

 「そうですな−」
重兵衛が相槌を打ちながら
 「大事も無く、無事に暮れましたな−」
重兵衛がしみじみとした言葉で後を継いだ。
 「皆さんのお陰で、私も無事役をこなして来ました。来年も宜し
く頼みます」