小説の茨城  茨城をテーマまたは舞台にした小説集です。小説
 の舞台は、霊峰筑波、徳川光圀公の本拠であった
 水戸、東国の武神を祭った大社を持つ鹿嶋など。
2004年3月号
 
矢 作 幸 雄 『復讐』 −通り魔への一撃− サンプル小説からの続編2
只今原稿到着待です。来月から新たな小説『影与力−不殺の剣』を連載いたします。
 汀  安 衛 『カンパズレ』サンプル小説からの続編2 
みな、叫び声を、言葉の意味を、一瞬、はかりかねた。
 「そらだ−−そら− あの雲だ−−」と手を伸ばす。  
その手の先にはどす黒い雲が青空を隠し始めていた。雲がいたのだ。異変の速さは漁師一代、一
生に一度有るか無いかの強烈な『カンパズレ』の光景である。

 玄蕃や女衆、子供もみな空を仰ぎ、我に返ったが、時すでに遅かった。
老漁夫の顔面には汗か、涙か三筋の流れが頬を伝わる。
 『カンパズレ』を知る沖合は、今は、もういない。あのキレテ飛んだ雲を見逃し、出船を止め
られなかった己れの眼力と非力が老漁夫の額に水を溜めた。
老漁夫には先が見えた冷汗である。今は僅かに太陽の光が、雲間から覗くだけである。どれだけ
の人が助けられるか。唯、それだけである。
 「ザザ −、ザザ−」
と、風と砂が飛び始めた。風は『うしとら』から吹きつけて来た。波より早く風が来た。そして
白波が立ち始めた。
 「かねだ−−、鐘を鳴らせ−−」
 「薪をくべろ− 火を燃やせ−」
 「鐘を敲け− かねだ−」

 矢継早に怒鳴る老漁夫。タカボリは一瞬にして戦場になった。小さな体から絞るような、ドラ
声に近い太い声が飛んで来た。 眉間に深い憂いのシワを寄せ、目は異様に光り、そこには先程
までの控えた老漁夫はいない。仲間を守ろうとする海の男衆がいた。 そばだっていた海は波で
白くなり、吹き返しの風は強く成り、足元の砂が飛び始めた。

やがて雨とミゾレがちらつき、しだいに雪がまじる。 沖の七隻の船は、白波の間に見え隠れし
ている。必死で漕いでいる様にも見えた。
 『気が付いたか−?』
 老漁夫が叫ぶ。
 「船が回った−、回ったぞ−、火を焚け、火だ−」
 「まきだ−まき−、薪を集めろ−」 
半刻前まで浮かれていた浜は、一瞬にして奈落の底に落ちた。 玄蕃は一時我をわすれ、頭の中
が白くなっていた。浜には男衆はいない。年寄と女、子供で残ったのは名主の自分だけである。

 「半刻の間に−−まだ夢か−−」
頭の中は真白、まだ信じられない。信じたくなかった。
女衆が泣き叫び、玄蕃は震えが止まらない。陽は、すでに雲が隠していた。
焚火の傾ぐ火柱に照らされ、老婆が唱える「ナミアミダブツ、なむあ−みだ−ぶ−つ」のお経を
虚しく、淋しく現実を帯びて聞こえてきた。
 まっびるまなのに空は、墨をこぼした様に暗く、タカボリの焚火が顔を、天を照らし、炎は風
に吹かれ海に傾ぎ波を、海を染める。
まさに「地獄の夜中」の有様である。

 雪にミゾレが交じる。沖の船はすでに見えない。風に押され傾いだ火柱からは火の粉が夜空に
飛んでいく。それほど暗い。
 母の手につかまり
 「トウチャ−ン」
 と、叫ぶ幼子の姿
 「おと−−」
 と、叫ぶ妻は泣き声になっていた。
老婆がシワガレ声で
 「よ−し−−」
 と、息子を
 「おやじ−−」
 と、老父が叫ぶ。
 風にとばされる泣き声。かぼさい女衆と子供と年寄の声が飛びかう。声は丑寅の風に飛ばされ、
無常にも白波の海にかき消されて行く。
タカボリでは、うろたえた年寄と子供と女衆が泣き崩れている。

 玄蕃は目の前で起こった事実を認めたくなかったのかも知れない。顔面蒼白で声も出ない。村
中の男衆が乗り込だ船である。すでに船の姿は白い波涛と暗黒の空に呑み込まれ沖合、船頭、松
吉も海に消えてしまった。頭の中は思考が止まり真っ白。
朝、鐘が鳴ってからまだ二刻余りである。
『板子一枚下は地獄』の言葉は生きていた。南隣りの境田の船頭たちが駆け上ってきた。
 「わしら−船頭が揃わんでな−」   
半ば助かった安堵と哀れみの交錯する言葉が、風に飛ばされ、それを火の粉が追う。
 泣声と風と雪とミゾレがそれぞれに鳴く。
 北 川  吏 「江戸黄門」 −ねむり小僧次郎吉−
偕楽園の梅は勿論、徳川斉昭公が植えた物だが、その前に、あの付近で梅を植えたのがご存じ江
戸黄門徳川頼房公である。

そして、その花を愛でた後に残った実は、梅干として、仲町・大町という商店街の商店にと卸さ
れていった。この梅干が女性に大人気を博していた。酸っぱいクエン酸という体に良い物質を醸
し出し、乳酸を取り除き、疲れをほぐしてくれる。健康になれば、白粉ののりも良くなると言う
ことで、女性に人気を博したのだった。大奥の七ツ口は商店の商人たちが入ってくる唯一の入り
口だが、ここで、その梅干を求める腰元たちがひしめいていた。

福屋の娘、おりくもこの梅干を欲しがっていた。そして、ねむり小僧次郎吉は化粧師の富田雅彦
という別名をもっていて、今日も大福屋の娘の化粧をしてやっていた。彼に化粧してもらいと良
いことがあるといって引く手あまただった。
「富田さん私 青白いっていう感じよね 白いのを通り越して 何か病気みたいで」
「いや そんなことはないですよ 抜けるように白いというのは貴方のことだ でも 女の子は
 やっぱり きゃぴきゃぴするぐらいの感じじゃないとね」
「ほんとうよね そういう化粧してくださる?」
「はい 分かりました この眼の周りの白粉を抜いて 化粧をして後でこの朱色の絵の具を塗り
 ます その上に又白粉を塗れば健康的な若いお嬢さんの出来上がりです。」
「ところで梅干は何蔵に入っていますか」
「ええ 三の蔵です」
「ああ 分かりました」
「でも 何であなたがそういうことを」
「いえいえ なんでもございませんよ」
その頃江戸では角衛兵獅子が曲芸を終えていた。香取慎吾と慎吉の兄弟は「お兄ちゃん こんな
今日の見入りじゃ家に帰って お父ちゃんに怒られるよね」
「そうだな、困ったな」
そんな会話を聞いていたのだろう、富田ことねむり小僧次郎吉は
「これを持って行きな」と言って一両銭を出した。
「おじちゃん どうもありがとう だけどおじちゃんのお名前は」
「俺は 何でもないんだよ」
と言っているのを江戸黄門 徳川頼房公は聞いていた。

そして、その頃紀州家では、和歌山城で徳川頼房公が放った忍びの者が情報をキャッチしていた。
家綱を毒殺しようとして、毒薬の丸薬をうどん粉と毒薬の二種類用意して、うどん粉を将軍が食
べたらしい。毒を毒味役が飲んで頓死したという情報だった。韋駄天の雲助がその情報を徳川頼
房にもたらした。お京に「なぁ お京 まだ紀州も反省の色が足りないみたいだなぁ 厄介な荷
物をこれで二つもこしらえてしまったわけだ 今はましだが何か二人とも危なっかしくて 見ち
ゃおらんないね」
「すいません」
とお京が言った。ぬむり小僧次郎吉は、大福屋の三の蔵に行った。
梅干が沢山壺に入っていた。大八車に十人ほどの手下で運ばせて隠れ家へと持ち去って言った。
その時、ねむり小僧次郎吉は仕事が終わった安心感からか分からないがその場に寝てしまった。
仕事がおわると寝てしまうのがねむり小僧の弱点だった。結作は角衛兵獅子抱える興業主でめあ
かしだった。ねむり小僧を捕まえて縄をかけ込み小伝馬町へと送り込んだ、しかし、これを見て
いた江戸黄門の頼房公はねむり小僧次郎吉をうまく言って牢屋から出してもらった。
 星  聖 夜 『忘憂珍文館』−短編評論集−

国際社会での見通し

8月18日、小泉首相はドイツのシュレツダー首相と会談した。シュレツダー首相は小泉首相の発
言の全てに賛成する。日本が北朝鮮を孤立させず国際社会に呼び込む戦略的アプローチは正しい
し評価すると述べた。また日本は拉致問題の解決で努力しており、日本の立場を理解し支援する
と述べた。またドイツはイラクに人道支援を行っておりこれを継続する。イラクの安定・安全確
保・民主化推進に大きな関心を持っていると述べた。そう新聞には出ている。これは非常に重大
な外交の一つの成果だった。ドイツは第二次世大戦を日本と共に戦った。あのヒットラーがドイ
ツは日本と組んだという歴史的な事実がある。

私もドイツを訪れた時に入国カウンターで呼び止められてしまった。その前の人はず一とパスポ
ートも何も見せないような感じでスースーと動いて前に行ったが私のところでストップと係員が
私を止めてしまった。私は日本人的な顔をしているのだろう、その日本人的な顔をしているのが
ユダヤ人だという。
私がユダヤ人と間違えられたのだろう。その係員はドイツで今でもユダヤ人を煙たく思っている
のかも知れなかった。しかし私がパスポートを提示して日本人だと分かるとドウモアリガトウと
言って通してくれた。このエピソードを見ても分かる通りに、日本は非常にドイツには友好的だ
と言うことが肌身で感じられた。

日本はヒットラーのドイツと同盟をむすび第二次世界大戦を戦ったのだ。その仲のよさがいまも
ある。日・独・伊だからイタリアにも仲よくなることが可能では。このように過去、日本が国際
世界中で同盟したり、条約を結んだり、何か関係のあった国は全て利用するということが必要で
ある。そして、国内にじっとしているのではなくくて国際的にそういう相手を歴史をひもといて
調べ、新しい視点で出掛けて行って味方になってもらうよう交渉することが必要である。ポーラ
ンドやチェコにも小泉首相は訪れたがヒットラーがポーランドを電撃戦で、血祭りに上げたとい
うことは周知の事実だし。チエコもヒットラーによって  支配されたという苦い歴史がある。
しかし、ドイツに対しては忠誠を今でも誓っているらしい。敗戦国としてドイツの影響力を受け
ているらしいのだ。だからこの同盟や条約の関係国であったその相手国のその又関係ある国とい
うふうにねずみ算的に味方を増やしていくことはこれからは必要なのである。しかし、アメリカ
の頭ごなしはダメだ。あくまでも腰を低くしておうかがいを立てるように。

対野党工作

2003年の9月に民主党と自由党は合併した。これは小沢一郎がロックフェラーの代理人として日
本を縦横に動かしたいという構図の上に行われたことであった。小沢一郎は雑誌のインタビュー
を受けて、これで石原新党の芽は無くなった。がっかりしたろうと言っている。これは石原新党
というのはその下におく代議士は徳州会病院という病院の看護婦や医師によって議員が活動を行
うというロックフェラーの息のかかったものでということであった。もう石原新党の芽が無くな
って自分の方が日本におけるロックフェラーのエースだと言わんばかりのふてぶてしさ、高慢ち
きな態度、これは一笑にされていいと思う。
しかも菅直人はこの自由党との合併における交渉が成功に終わったということは自分が党員を説
得したからだと得意げな笑顔で週刊誌のインタビューに応じている。彼ほど永く党内に居ればそ
れは党内の議員がどういう思想を持っていてどうい経歴で彼の過去は何で、考え方はどうだとい
ったようなことは全て掌握しているだろう。だから行えたのだと彼も言っていた。こういう危険
な状態に陥らせた自民党のトップ達は責任を問われてもしかたがない。

自民党は日本そのものでありそれ以外のものは日本人ではないのだ。このことは明記しなければ
ならない。あの政治の天才と言われた田中角栄がもし生きていたらこの事態をどういう風に動い
て行ったろう。彼は野党にもパイプを持っていて、その彼の金は野党にもバラ捲かれていた。そ
して田中の影響力は野党にまで及び彼の足を引っ張るということは出来ないようになっていた。
従ってこれからどうすればいいかというと例えば自民党が民主党や自由党の中にも自分達のスパ
イを潜り込ませておき、菅直人がが行ったような交渉ごとにおいては立ち会い、時間切れという
これも姑息な手段だが主に政治の世界ではおおっぴらに行われている手段を講じて時間切れによ
る廃案を行わなければならない。

その為のスパイをどういうふうにして養成するかということだが、民主党や自由党のある人間を
北朝鮮の拉致被害者がスパイによって朝鮮でその日本人の週間や風習等を教えた。そして教育さ
れた北朝鮮の人間が日本に送り込まれたということがあったが、これを反面教師として応用して
民主党や自由党の人間を自民党に通じさせ、彼らの考え方や習慣や秘密等をバラして自民党員を
教育しなければならない。そしてスパイを養成してまた自民党や民主党や自由党に送り込み大事
な場面では全て時間切れによる廃案を出させなければならない。そうしなければ自民党は枕を高
くして寝ている訳にはいかないではないか。
 早 川 眠 子(ゲスト)『京都の小説』
私は鹿嶋市に住む主婦。先日京都に行ってきましたので京都の小説を書きました。

清水寺
京都を訪れた観光客は、まず清水寺に参詣に行きます。舞台から見ると、右が内裏、右が東寺の
五重塔です。舞台の下で水を飲んでいた、でっぷりとした五十男が、音もなく倒れた。
「なんだなんだ」
「殺人か」
「いや、脳溢血だろう」
「いいえ、主人はそんな病気は持っていませんでした」
号泣しながら、夫人と思われる女性が、声を震わせた。
 たまたま、所用で京都に来ていた、大文字太郎は、被害者の首に、きわめて小さな針が刺さっ
ているのを見つけた。
「他殺ですよ、犯人も、大体見当がつく」
「えっ」
「まさか、こんなに人がいるのに」
「吹き矢ですよ。今は時間差効力のある毒があります。毒が回ったら五分以内に絶命します。そ
 の間に犯人は遠くに逃げることができます。時に、奥さん、ご主人は会社の社長さんか何かで」
「ええ、中小企業ですけど」
「では、最近、リストラで、社長を恨んでいた人の心当たりは」
「いますわ。長谷川さんとか」
「それだ。その人が社長を殺したんだ」
大文字太郎は難なくなぞを解いた。

知恩院
知恩院は、祇園社の北方面、華頂山のふもとにあり、正しくは華頂山大谷寺知恩院といいます。
浄土宗知恩院の総本山です。
 知恩院の敷地はきわめて広く、大学も抱えている。ここは大男でも住んでいるかのようで、門
も、院内の障子も巨大である。

近くの居酒屋へ、知恩院の僧が一人入ってきた。学生が二人飲んでいるところだった。一人は、
知恩院の学生らしい。顔を見たことがある。しかし、もう一人のほうは見知らぬ顔だった。
「京大でもそんなこと、あるのか」
「うんうん、あるある」
 僧は京大の学生の胸倉をつかむと、
「国の金で学ばせてもらっている身で、酒などもってのほか」
「えっ、何ですか。あなたは」
「俺は、歴史と伝統のある知恩院を睥睨するようなやつ、許しておけんのよな」
今にも殴りかかろうとする。
「やめてください」
もう一人のほうが僧の胸を押し、よろけるのを見るや、一目散に逃げ出した。

三十三間堂
江戸時代に「通し矢」が盛んに行われました。「通し矢」というのは、一人で、一昼夜の間に何
本の矢を射通せるかという競技です。最高は、和佐大八郎の八千三百三十三本でした。これが元
になって三十三間堂というようになったとか。
 これも江戸時代のことです。
須崎文太という三十そこそこの武芸者が大田典膳という道場主を破り、看板を抱えて、三十三間
堂のほうへ歩いていった。
この三十三間堂には金色の観音様が一千体ぐらい鎮座ましましています。まるで、江戸川乱歩の、
黄金仮面のようです。
右は観音様、左は壁の細い道を歩いていきます。突然前の人が、壁を、こんこんとたたいた。す
ると槍が飛び出してきて、須崎の横っ腹を刺しぬいた、と思った、しかし間一髪のところで飛び
去り無事だった。
 これは、大田典膳の道場を破った腹いせに仕組んだはかりごとに違いなかった。

西本願寺
一宮良純は、同志社大学の学生だ。アパート暮らしも板についてきた。ドアがノックされる。
「どなた」
「新聞の勧誘員です」
「ああそう、今あけるから」
男がドアのスキマに足を突っ込んで閉めさせない。
「先月かした一万円、利子がついて三百万になってるんや。ここはどうあっても返してもらうぞ」
「そんな」
「大学に行くのも悪いからこうしてきてやってるんや。そっちがその気なら、どこへでもくっつ
 いていくぜ」
「そんな」
「今日は帰ってやる。しかし、明日からはひどいぞ」
一宮は、西本願寺に、仏様に金のことを頼みに来ていた。

西本願寺は浄土真宗本願寺総本山、浄土宗の総本山です。天正十九年に、秀吉より寄進されまし
た。
一宮が御参りしようとすると、ハトがザーッと飛び立った。後ろを見ると、取立て屋がナイフを
持って立っていた。暴力沙汰で取り立てようとでも言うのだろう。しかし、人気がいないとはい
え、ここまでの目撃者は一人ぐらいはいそうだ。取立て屋は、ドジを踏んだようだった。

東福寺
東福寺は、東山のふもと、伏見街道沿いにあります。臨済宗大本山東福寺。釈迦如来像を新仏殿
と呼びました。
 今はもう秋。ここの紅葉は、もろこしわたりの三葉楓です。
電柱へと続く廊下の手すりの下に紅葉がすばらしい。
「ああっ」
子供が、母親がいないすきに、手すりから身を乗り出し、手すりもろとも紅葉の中に落下したの
だった。
「ボーヤ、ボーヤ」
母親は半狂乱で泣き叫ぶのでした。
 「おそらく」
たまたま京都にやってきて、東福寺に紅葉狩りに来ていた大文字太郎はいった。
「おそらく、なんですか」
住職も出てきて聞く。
「南福寺のしわざでしょう。ごらんのとおりこの木材は南福寺付近でしか取れないものだし、の
 こぎりを入れたあとがあります。ライバルの東福寺さんの評判を落とそうとしたのですよ」と
大文字太郎はいった。
 大 田  洋(ゲスト)コンピュータこぼれ話  
水戸にある水戸工業梶B平田社長はITに乗り遅れまいとして、社員全員にノート型バソコンを
与えた。平田社長はいつもは二階の社長室にいるのだが、下にも机があり、縦横無尽に活躍しま
くるのだ。この日も、平田社長は下にいて、山下総務部長と、なにやら話していた。この二人が
しゃべっているのだからきっと大事なことなのだろう。
社員がバソコンを使うサボート役として、システム部があり、パソコンの万相談を受ける。
システム部の村松は、女性社員のパソコン操作を助けていた

「まずファイルを開きます」
 松村。
「えっ開くんですか」
「セクハラはいかんよな、部長」
遠くでやり取りを見ていて山下務部長に言う。
「いいえ、社長、コンピュータ用語ですから」

「ページがいっぱいになっちゃったね。挿入の改行を押すんだよ」
「挿入ですか」
「部長セクハラとは違うのかね」
「いえいえ、コンピュータ用語ですから」

「この文章、こっちへ持ってきたいのですが」
「右クリックのコピーをクリックします」
「はい、やりました」
「もってきたいところに、矢印を持ってきて、右クリックで貼り付けです」
「いかに社員に嫌われているわしでも、磔とはなんと言うことを言う」
「いえいえ、コンピュータ用語ですから」 

「終わったら、ウインドウの終了を押します」
「なにっ、わしが社長をやめろということか」・
「社長、コンピュータ用語、コンビュータ用語」